猫と蝶と僕⑥

猫と蝶と僕⑥


アスカとのどちらに転ぶか依然不明なままの夜間飛行ドライブ。

アパートを出てから二時間は、会話がなかった。

というよりも、アスカは完全シカト状態。

正直、「何でドライブに誘ったんだよ!」って心底思った。
女心がほんとに読めない男だ、僕は…。

タバコの吸殻が徐々に増え、比例して気まずさも増える。


車内には、the GOSPELLERSの「靴は履いたまま」(※①)が聞こえるか、聞こえないかの音量で流れている。

この楽曲は、数年ほど前まで、いや現在も放映されているが、当時、久米宏さんが司会を務める報道ステーション(※②)というニュース番組の主題歌だ。

あの当時、司会者である久米宏さんが番組の降板挨拶の際放った言葉。

「私が、この番組の話を頂いた時、最初は、二年契約で受け取りました。ですが、気づけばもう十数年。これも視聴者の皆様のおかげです。十数年も一つの番組を続ける事の難しさ、私は痛感いたしました。」


この言葉を聞きながら、BGMで流れる「靴は履いたまま」という楽曲。


なぜか、ものすごく心に響き、次の日ネットで調べ即購入した程だ。

ここでだ。

久米宏さんが二年契約で番組を勤め、そして結果的に十数年も続いた。

これって久米宏さんの人間性、創造性があってこそ続いたと僕は思う。

好きな番組だから視聴する。
いつも見ているから視聴する。



夜は、あの番組で晩酌をし、終われば床につく。

こんなパターンの平日を送った方もいるだろう。

僕は、十数年の久米宏劇場は、続く理由に「運命」すら感じた。久米宏さんは、あの番組を最初から続ける運命だったんだ。

アナウンサーの久米宏さん側からは、分かりやすいニュース提供を、そして僕ら視聴者は、久米宏さんが司会だから。というような相思相愛的な感情を想像できた。

ただ、いくら優秀な番組でも、いつまでも続くわけがない、やはり終わってしまうのか…。というような「運命」も感じたが。

この話の冒頭でも少し触れたが、「運命とはある程度事が確定してから形成されるものではないか?」の言葉の意味を痛感されられた一コマだった。

ニュース番組、ドラマ、或いはメディアという生き物は、ある一種の出逢いや、思いつき、趣味まで簡単に想像させてくれる。

自宅に帰りテレビをつければ画面に久米宏、片手に缶ビール。

独身の僕だったが、家に帰れば嫁と飯というように。


なぜかここまで久米宏劇場を熱く語れてしまう。


ニュース番組での歌詞は「シャララ」しか無いが、ピアノの伴奏と、彼ら五人の心地よいハモりが、二人の空気感、距離感を逆に気まずくしているのは分かっていた。

なぜなら、この楽曲の歌詞付きバージョンを知ってしまっていたから。

旋律は心地よく耳に入り、その上サビの部分の歌詞が曲自体を最高傑作へと作り上げている。


勿論、アスカは歌詞を知らない。




この楽曲の本当の歌詞…。





「サイコーの夜にしよう🎶」のサビ。






最高の夜にするか、このまま最低の夜でアスカとの関係を終わらすか…。

この二人の空気感を打開できるかは僕自身にかかっている。



(分かっている…。勘違いを払拭しなければ…。分かっている。でも、なんて会話を切り出そうか…。本当はわかっているんだ。)



そう何度も自分に問いかけた。





出発して二時間半。





会話を切り出したのは…。






アスカだった…。



「ねぇー?ナビも設定しないで、どこ向かってるの?」

アスカの初めて言葉。



「あ!ぅん…。」

久々の会話で、僕は何て返事をすればいいのか戸惑った。

「ぅん…。じゃないよー!」

「…………。」
僕は無言。

「ねぇー?もぉ怒ってないからっ!ちゃんと質問に答えてよっ!」

「織姫公園…。」

やっと出た言葉。

織姫公園は、栃木県足利市にある、日本夜景百選に選ばれる夜景スポット。
(引用)
http://yakei.jp/japan/spot.php?i=orihime

「アスカ…。俺ほんとに昨日飲んだ人とは何でもないから…。ただ相談聴いてもらっただけだから…。」

「もぉ…わかったから!その言葉信じるからねっ!」


恐る恐る助手席のアスカの方へ目をやる。

確かに、涼子とは体の関係は一切なかった。

なぜか、それだけは自信があった。
しっかり断ったんだ。


「ねぇ!!なんか喋ってよ!」

アスカは少し微笑む。

「あれ…公園の入り口ここだったっけかなぁ…。」

とナビをいじる僕。

「最初からナビ設定してから来れば良かったじゃん?だからケイタは詰めが甘いんだよ!」

とすかさず横槍を入れるアスカ。

でもその頃、アスカの表情は笑顔に変わっていた。







この二人の会話が終わる頃、僕たち二人は、織姫公園の山頂に到着した。


アスカは夜景を車内から確認すると同時に、助手席のドアを思い切り開けて飛び出した。

周囲には、車も止まってる様子も無く、ひと気も全くない。

街路灯が二つ、三つチカチカとついたり消えたり。

僕は、突然のアスカの行動に、慌ててアスカを追いかけた。

「アスカー!真っ暗だから、危ねーぞぉ!!足元気をつけねーとっ!」


「えっー⁈なーにっ⁈ケイタも早く来なよ!すっごく綺麗だよ!」

やっとのことでアスカを追いかける僕。

アスカは再び僕のところまで戻ってきて、僕の手を引き、展望台まで引っ張っていく。






「日本の夜景百選に選ばれてるんだって!」
と、僕。

「てかさぁー!ケイタ!こんな綺麗な夜景知ってたんなら、もっと早く連れてきてよー!」

アスカは、数分間夜景を見つめて何も発しない。

「なぁー?」
と、同時に、
「ねぇー?」
と、アスカ。

「なにっ?先言っていーよぉ!」

「いやっ!そっちが先でしょ?」


「明日休み?」
と僕。

「ぅん…。ケイタわぁ?」
とアスカ。

「ぅん…。休みぃ。」
ほんとは、休みではない…。でもとっさに出た言葉。

その時点では、明日は風邪を理由に休もうと思ってた。

「ケイタって!ほんっと嘘がヘタ!」

「はぁー?」

「顔に書いてあるよ!バリバリ仕事だよって!」

「………。」
沈黙する僕。

「ほらっ!まただんまり!ケイタ得意の!」





すると、僕は夜景に向かって、




「今、仕事より大事な事がある!大切な人の隣に、できるだけ寄り添っていたい俺がここにいる!仕事一日を蹴ってでも一緒にいたい奴がここにいるーーーー!」

と、叫んだ!



アスカは突然の僕の大声に、びっくりして、僕を見つめる。


すると、アスカも夜景に向かって、

「わたしも、明日を忘れられるくらい素敵な思い出を作れる人の隣にいたいーーー!すっごくウソがヘタくそで、不器用な人だけど、すっごく優しい人ーーー!この先も一緒に、ずっとずっとずっと!一緒に居たいと思ったー!!!」


僕はアスカの方をあえて見ず、

「いっつも勝手で、ワガママだけど、甘え上手で、笑った顔が可愛くて、守ってあげたくて、、、」

と、僕が立て続けに叫ぶと、アスカは僕の方へ突然駆け寄って来て、僕に抱きついた。

「びっくりしたっ?!重いでしょ?」

と、アスカ。

突然の事にアスカの瞳を見つめる度、鼓動が高鳴る。

「いや!重くはないけど!」


「ちゃんと告白してよねっ!バーカっ!」
と、アスカ。

「告白したよ!」

「さっきのはさっきの!ちゃんと言って?!全く女心が全くわかんない男!」


「好きだよ…。」
と、小さな声で僕。

「えーっ⁈聞こえない!さっきの叫び声はどこ行ったの?」

「だから好きだって!」

「もっと大きな声でっ‼︎」


「だ!か!ら!好きだってっ!!ずっと一緒に居てくれって!!!」


「やればできるじゃん!」
と、上目線でアスカ。


この日アスカと僕は正式に恋人関係になった。

ドライブの帰りは、幸せな車内だった。

これ程までに幸せな感情は、忘れかけていたから…。

なおさら…。

優しい言葉見つけてはアスカに伝え、アスカもその言葉を更に愛のこもった言葉で返してくれる。


「最高の夜にしよう🎶」

本当に最高の夜になった。

The GOSPELLERSの楽曲の様に。

まるで最初から最後まで、ドラマの様な夜間飛行だ。

そんな幸せな恋愛が、この先も続いてくんだと思っていた。



二人はアパートに到着し、その日アスカは僕のアパートに泊まって行った。

アスカがシャワーを浴びてる時、ふと携帯を確認する。


涼子からのLINE。



僕は、もうアスカと恋人関係だし、真剣に付き合い出したアスカに対して、後ろめたさとか、傷つけたくないという気持ち…。いや!それ以上にアスカを好きだから、もぉ涼子とは関係を持たないと決心した。

LINEをブロックした。電話番号も消した。



そんなこんなで、アスカは仕事が終わると、僕のアパートにほぼ毎日のように来てくれた。

毎日二人で料理して、一緒に食べて、飲む時は飲んで。

半同棲の様な、新婚生活の様な、幸せな毎日だった。

涼子の存在なんて、正直忘れていた。


うだるような夏の夕暮れ。

会社から帰宅して、ふとアパートのドアに着いている郵便物を確認する。

電気の領収書と、何も書いていない封筒が一枚。

鍵を開けて、室内で封筒内を確認する。



僕は正直焦った。焦りより恐さの方が大きかった。


(最近、LINEも返してくれないね。あとケイタのアパートに女の子がいるみたいだね。彼女でもできたのかな…。私は今後どうすればいーのかな…。涼子。)

と、赤い字で。


室内の暑さからくる汗ではなかった。完全に冷や汗だ。

アスカが帰ってなかったから、まだ良かった。

僕は焦りながらも、その手紙を、小さく小さくちぎり、アパートの前を流れる側溝に流した。