恋愛携帯小説シリーズ

猫と蝶と僕⑦

うだるような暑さの毎日。
その年の夏は、例年より暑い夏だった。

アスカと付き合い出して、一ヶ月目の記念日。

アスカは記念日を特に気にする女の子だった。

「ねぇ?ケイター。一ヶ月記念日はどっかに連れてってよぉ!」

「うんっ!横浜あたりまでドライブでもしてこよっかぁ?」

「うん!うんっ!行きたいっ!」

毎日の様に、アパートに来てくれるアスカ。そして、僕のアパートには、三年ぶりに幸せとか笑顔、笑い声、時に喧嘩も戻ってきた。

喧嘩と言っても、別れとかには発展しない、二人よく話し合って、お互い分かり合えるまでの完結型の喧嘩だったから、尚更二人の絆は深まっていった。


そんな幸せな日々が続いていたせいもあってか、先日届いていた、涼子からの嫌がらせともとれる、手紙の件も忘れかけていた。


週も半ば、水曜日、アパートに帰ると、アパートの鍵があいていた。

「ただいまぁー!アスカ帰ってたんだぁ?」

アスカの靴があるのに、アスカからは返事がない。

アパートのベランダの窓があいていて、夕方の風がカーテンを引き連れて、室内に心地良く入り込む。

「アスカぁー?帰ってるんでしょー?どこぉ?」


僕が、リビングから六畳の和室に入ろうとすると、アスカが一枚の手紙を両手に持ち、下を向いて座り込んでいる。

「アスカ?どぉした?」

しばらく、黙り込み。

「これっ!」


アスカは紛れもなく涙目だ。


僕はアスカからの手紙を受け取り、内容を確認。

(ケイタと住まれてるあなたへ。
私はケイタとあなたが毎日、幸せそうに買い物とか、ご飯食べとかに出かけている姿が、すごくうらやましいです。私は、今でもケイタのことが忘れられなくて、毎日辛いです。
別れていただけませんか?そうでなければ、私は生きてる意味がない気がします。あと、ケイタにも…また会ってくれるって言ったよね…。)


僕は、これ以上に冷や汗とともに恐さを感じた事は今までなかった。

警察にも届けようと思うくらい。

手紙の最後の文脈からも、わかるように、今後起こり得る涼子の全ての行動に、あくまで予想だが、怖くなった。ほんとに取り越し苦労であって欲しいと。


手紙を全て読み終え、呆然と立ち尽くす僕。



「アスカ!?これって…。」

「ケイター。わかってるよ!毎日二人幸せだし、ケイタが浮気してるなんて、これっぽっちも思ってもないし…。」

やっとの想いで、ねじり出したアスカの言葉。

「実はさぁ…。前にも一枚届いていたんだわぁ…でも、アスカに心配かけたく無いと思って、そっと処分したんだけど…。だってさぁ…俺だって、ここまでやると思わなかったし。」

「ケイター。ごめんね…わたしも…

実はさぁ…。

これ初めて読んだんじゃないよ…。」



「はぁっ⁈」

すると、アスカは自分のバッグから三枚の封筒を出し、細い震える手で、僕に手渡す。

「これ郵便受けに…。」

アスカは今にも泣き出しそうだ。


僕は一つずつ内容を確認、ある事に気づいた。

毎回全く同じ文章に。

「ケイタが仕事遅い時に、早くアパート着いたりしたことあったじゃん…。最初は見る気にならなかったけど、気になって、気になって…それで中開けたら…。私怖いよぉ…。」

アスカの瞳には、大粒の涙がひかった。

アスカの肩を思い切り抱きしめて、

「大丈夫!大丈夫!俺がいるからっ!」

「ぅん!それはわかってるよ…。でも恐いよ…。その女の人の顔見たわけじゃないけど…近くに居て、見られてるんじゃないかって…。やっぱり、こんな事されたら恐い…。」


そのアスカのため息混じりの、悲痛な叫びの様な言葉。

僕は数分アスカを見つめ、黙り込む…。


「分かった…アスカ。引越ししよっ!俺らの会社に通勤できる距離で、できるだけ遠くに!」

「えっ…。でも…。」

思ってもない僕の言葉に、アスカは言葉の選択に戸惑う。

「大丈夫!毎日、恐い思いさせてアスカを、このアパートに置きたくないしっ!どぉせこのアパートも、契約期間切れるし!そーだ!今から不動産屋行ってこよっ?善は急げって!」



「ぅん…。」

僕の咄嗟の行動に、アスカの涙は、いつの間にか乾いていた。



九月の頭。

相変わらず、暑い。蝉の声も更に増す。

晩秋が恋しい時期。
涼しくて、優しい風が吹く季節が、すぐそこまで来ているのに、手を伸ばしても、なかなか届かない。



新しいアパートは二週間ほどで決まり、すぐ入居可だった。2LDKで、近くに竹林があって、2階の角部屋。

風が出ている夜は、竹林の竹が揺れて、重なりあい、何とも風情な空間をかもし出す。




不思議な程に、毎週届いていた、涼子からの不気味な手紙は、引越しのまでの間、前のアパートには届かなかった。

会社までは少し遠くなったが、二人の幸せで、安心した生活を保つには最適な場所だった。


新生活も二、三週間で慣れた。
僕も万が一を考えて、今まで通っていた通勤路を、わざと外して通った。

あの不気味な手紙も届くわけもなく、アスカの恐怖心も徐々に緩和されて行った。



九月も中盤。

アスカが会社の二つ上の同僚を、アパートに連れて来て紹介してくれた。

「アスカの彼氏の、ケイタです。宜しくです!」

「早く結婚しちゃえばいーのに、アスカー!あっ!すいません!自己紹介の前に…。私、アズサって言います!宜しくねぇー!」

アズサさんは、アスカをいじりながら、僕に自己紹介した。

アスカは恥ずかしさを抑えながら、リビングまでアズサさん迎えいれた。

この時は全く気づかなかったが、この件が、更に事を悪化させて行くことを…。