恋愛携帯小説シリーズ
猫と蝶と僕④
アパート駐車場を見渡したその時だった。
「こんばんわっ!」
僕はビックリして、アパートの下にまとめて設置してある、郵便受けに肩を思い切りぶつけた。
「いってっ!!!」
警戒していたから尚更の事だったのかもしれない。
僕はその声がする方を振り返った。
「りょ!涼子!」
「ごめんねぇ…。ビックリさせちゃって」
「おっー!どしたぁ?久しぶり!」
「ってか!あれっ?俺のアパートなんで分かったのぉ?」
少し気味悪いような、ストーカーまがいな雰囲気を押し殺して、涼子に質問を返した。僕は涼子にアパートの住所を教えてなかったから尚更のこと。
しかも、カモミールで会った以来LINEすらもしていなかったから。
「あっ!ぅん…。たまたま…。ケイタが焼き鳥屋からでて来るところ、セブンで見かけたから、少しでも話せたらと思って、追いかけちゃった…。」
「あー!そぉだったんだぁ!ってか!ゴメンねぇ…。LINEとか、連絡返せなくて…。」
「うーうん…。だいじょぶ!きっと忙しいんだろうなぁって思って。だからさぁー!少しでも、直接話せたらと思ってさぁ。ねぇ?突然なんだけど、これからちょっと飲まない?」
話のニュアンス的に、一瞬胸を撫で下ろした。セブンと道路一本挟んだら、アスカとのデートの一部始終は見ていないだろうと踏んだからだ。セブンは焼き鳥屋を道路ニ車線で、挟んだ斜め向かいの位置。僕とアスカが帰る時の交通量の多さから判断すれば、おそらく判断つかないだろうと勝手に憶測していた。
だからこそ、普通のニュアンスで返答できていたと思っていた。
「いやっ!俺はだいじょぶだけど…。もぉ時間が時間だし、居酒屋終わってるよ!」
何か、二人でいる空気を打開するかのように言葉を発した。
すると、涼子は自分の背後に持っていた、セブンの袋を手前に出し、中に入っていたビールと焼酎の瓶を僕に見せつけた。
「ジャーーーン!ねぇ?ケイタ?上がって行ってもいいー?少しくらい付き合ってよね?」
涼子はいつの間にか、僕を追い越し、
「ねぇ?ケイタ!二階?一階?どっち?そぉと決まったら、早く飲もーよぉ?」
と、振り向きながら一階の踊り場で、僕に問いかける。
別に一緒に飲むことを承諾したわけでもないのに…。
この時ばかりは、涼子の蝶の様な上品さは感じられなかった。けど、ヒラヒラと空へ登って行ってしまう様な、僕の手からすり抜けて行ってしまう感覚を感じた。
あの子供の頃に感じた、蝶を捕まえようとしても、虫取り網からすり抜けていく感じ…。
でも…。
僕のその時の感情は、涼子を自分の物(女)にしたいという感情ではなくて、僕のアパートに上がらせるのを阻止するために、涼子を捕まえたかった感情だったと思う。
瞬間的に、涼子を阻止する計画は僕の頭の中ではたてられなかった。
僕は仕方なく、二階の203号と涼子に伝え、考え事をするように、ゆっくり階段を登った。
「俺の部屋片付けてないから、汚いよー!ちっと待って!軽く片付けるから!」
ようやく出た僕の言葉が、この言葉だった。
「うん!」
素直で迷いがなさ過ぎる涼子の言葉。
僕はフロアーに散らばった、服を片っ端から洗濯機に放り込み、軽くファブリーズを室内に吹きかけ、涼子をアパートに招き入れた。
「お待たせー!ゴメンなぁ…汚くてぇ…。適当に座ってぇ!」
キッチンの皿とかグラスを洗いながら、カウンターキッチン越しに涼子の座る背中に声をかける。
「ぅーうん。逆にゴメンねぇ…。ねぇ?手伝おうっかぁ?」
と、涼子は座りながら、振り返る。
「てかっ!ケイタの部屋オシャレだね!DJとかもあるしっ!ねぇ?これどぉやってヤルの?」
話は涼子から一方的だ…。
でも…。
なぜか、久しぶりにあった涼子…会話している内に、胸の鼓動が高鳴ってくる。
ほんとに男って卑怯な生き物だ。
それは僕に限ってだけかもしれないが…。
以前にも感じた、この不思議な感情。
昼間アスカとデートしてきて、夜は夜で、涼子と二人っきりの部屋。
結局僕自身がふらち、というか、気持ちが軽い男なのか…。
アスカとの距離が縮まって以降、涼子に対して感じたことのなかった感情が胸の奥、脳裏を駆け巡った。
やっぱり年上の女性に僕は本当に弱い…。
振り向く涼子に、またしても情が入ってきている。
「いやっ!だいじょぶだよ!今洗いもの終わったからぁ!はいっ!これグラス!」
乾いたタオルでグラスを拭く音が、キュッ!キュッ!と、やたら乾いた音で室内にこだました。
その音が、これから二人は、どんな空気になっていくんだ!というように、二人の間柄を縮めて行った。
グラスを涼子に渡す。
「ありがとっ!時間も時間だし、飲もうっかぁ!」
僕は既にそれ相当の量の酒を飲んでいたけど、涼子に合わせてビールに口をつけた。
「ねぇー?最近の恋愛バラエティ番組見てる?なんだっけかぁ!?番組名?あっ‼︎テ○スハウス!」
「あっーー‼︎はいっ!はいっ!俺も見てるわぁー!つーか、あれって、ヤラセなんじゃねーのぉ?」
と、僕は涼子に合わせて会話に乗ってみる。
「いやっ!あれは、番組が車と部屋しか用意してないって言ってるし!毎回、番組の冒頭で、そぉ言ってるからヤラセじゃないんじゃん。」
と、涼子。
「へぇー!そぉなんだぁ!じゃぁ!ガチの番組なんだねー!ほらっ!ひと昔前に、あい○りっていう番組あったじゃん!それっぽいと思ってさぁー!」
と、俺。
そんな会話30分ぐらいした。
ところが、そのあと10分ぐらい二人無言の空気。
ほんとに微妙な空気だ。
仕方なく、TVを付け、何とか場を持たせようとした。
ビールを飲み飲み、そっと涼子が口を開く。
「ねぇーケイタ?」
「んー?」
僕は、アスカとの件を聞かれると思い、焦る。
何て、言い訳をしようかとも考えられないぐらい。
「なんか、私たちも、あの恋愛バラエティの中の二人みたいじゃない?TVは入ってないけどさぁ…。」
「えっー⁉︎」
あまりにも予想もしていなかった唐突な言葉、しかも、そんなに、その番組を長く見てるわけでもなかったから、正直返答に困って、
「いやいやぁー…。そぉかなぁ…。
逆にどんの辺がぁ?」
と、薄ら笑いをする。
「だからっ!わっかんないかなぁ…?」
と、少し強い口調で返す涼子。
後で理解したが、結局僕と涼子との関係とか、二人の現在の距離とか。
涼子は、その番組に例えて、僕に今の気持ちを伝えたかったんだろう。
すると、涼子から直球、ど真中、150キロのボールという名の言葉が飛んできた。
何とも機転がきく人だ。涼子は。
「ねぇ?昼間の女の子だーれぇ?二人でどこ行ってきたの?」
と、不敵な笑みを浮かべて涼子は僕を尋問するようだ。
「いやっ!友達!ほんとに!ふつーに友達だよ!」
と、僕はやっと思い浮かんだ言い訳を涼子に返球した。
「へぇー?そーなんだぁ?なんかさぁ?すっごく仲良さそーだったからさぁ…。飲み物とか、飲ませてもらってたし…。しかも…あんなケイタの嬉しそうな顔見たことないしさぁー!」
何か、涼子から憎しみのようなニュアンスの言動が浮かんだ。
「いや!ほんとに友達だって!」
正直僕は冷汗がたらたら。
平然を保とうとすればするほど、声に異変が表れる。
「そーいえばさぁ?ケイタ、前に言った友達からの付き合いのこと考えてくれた?」
ほんとに、涼子はいつでも直球だ。次から次に。
しかも、キャッチャーの僕にとっては、受けたことの経験がない程の直球に捕球が困難。
それに対してアスカは、いつも変化球。しかも僕にでも捕球できる。
球筋も見えていたし、柔らかな球に最近は甘えていたから。
アスカに対しては、キャッチャーの僕から出したサインに対して、カーブならカーブで投げてくる。スライダーならスライダー。しかも、アスカと僕ならば、一緒にいる時間もおおかったし、サインに間違えがあっても、誤魔化しで捕球できる。いや!いつの間にか、誤魔化しで捕球してきてのかもしれない。そこに、俺とアスカとの最近の関係があったのかもしれない。カモミールでの涼子との食事の帰りに、アスカとバッティングしたときの、アスカに対しての僕の逃げ姿勢に表されるように。だから…。
尚更涼子からの直球にはこたえた。
「んー…。一週間ぐらいほんとに、考えたよ!けど、まだ知り合って時間もたってないしさぁー!その付き合うってところまで、正直考えがつかなかったんだ…。」
「なにそれぇ…?男と女の関係って、時間もへったくりもなくない?」
と、涼子はスッと返答。
「いや!大切な事だと俺は思うよ!変に付き合って、相手を傷つけたくないしっ!」
すると、涼子は膝立ちして僕をカーペットの上に押し倒した。
「えっ⁈なにっ!!!」
焦る僕。
涼子は僕の肩を両手で抑え、僕の膝の上にまたがる。
すると、涼子は着ていたブラウスのボタンを一つ外して、
「こーすればわかるでしょ?男って、単純だから!これで好きになってくれる?」
またがった拍子に、涼子の膝丈ぐらいまでのスカートが、徐々に上に上がる。
さらに涼子は、ブラウスのボタンを二つ三つと外す。
胸元がいやらしく、目に入ってくる。
スカートの短さが、さらに男の心を揺さぶる。
涼子の目をじっと見つめる。
瞳にいっぱいの涙を溜めて、涼子は今にも泣き出しそうだ。
更に涼子の目を見つめて、僕は起き上がり、涼子の両肩に触れる。
「涼子!待って!だめだって!こんなこと!俺はこんなことされても好きになれないよ!ボタン締めて!ほらっ!」
涼子は、溜まりに溜まった涙をたくさんこぼし、泣きじゃくる。
「涼子!ごめんなぁ…。まだ俺らは付き合うには、お互いを知らなすぎだよ!なんでそんなに焦ってるの?」
涼子はしばらく泣き続けた。
「ケイタが初めて…。あんな状態になっても、ベットに入らなかった男。ほんとにありがと!私、焦ってるわけじゃないんだけど、一回前の恋も、二回前の恋も、やって捨てられたり、お金ばっかり頼られて、いらなくなったら邪魔者にされちゃうし、ほんと今度の人は、今度の人はって…そぉ思って!私にだって幸せな恋が訪れてもいーじゃん…。」
僕は涼子の胸元のボタン二つ締めてあげ、カーペットに座り直させた。
「辛い恋ばっかりしてきたんだね…。男ってそんな奴ばっかりじゃないと思うよ!だからこそ、焦んないで、ゆっくり関係を築いて行ける人を見つければいーじゃん!」
しばらく涼子は黙り込む。
「ぅん…。ケイタ何回も言うけど、ほんとありがとねっ!あとごめんね…。」
「ぅーうん。だいじょぶ!」
「私帰るねっ!」
すると、涼子はバックを肩にかけ僕のアパートから静かに出て行った。
何も声をかけられなかった。
その時ばかりは、涼子は蝶の様で、僕の手のひらから、スッとすり抜けて行ってしまうような感覚だった。
涼子が残して行った缶ビールが、僕一人の薄暗いアパートに、やたらと際立ち、二人の今後を考えさせた。